2017.2.12 NRQ
 
 
 
アメリカの音楽評論家、グリール・マーカスは、
音楽蒐集家で研究者のハリー・スミスの編纂したコンピレーション・アルバム
『Anthology Of American Folk Music』に対して“The Old, Weird America” と喩えた。
だが、その“古くてヘンテコなアメリカ”という表現で讃えたアングルは、
ゴシックでちょっとドリーミーな風景を想起させるものという側面と同時に、
エッジーで前衛的なものであるという見方も備えている。
確かにそのコンピレーションに集められた曲の数々は名もなき素朴な歌で一定のノスタルジーを喚起させてくれるものだ。
だが、一方で、そこには作り手のエゴにまみれた現代社会にはない豊かさと音だけで勝負できる切れ味がある。
それこそがいかに斬新で現代的なものか。
 
だから本来的には“The Old, But New Weird America”とした方が、
より明確にハリー・スミスの提唱した世界を抽出できるのだろうと思う。
 この夜のNRQのライヴを見ながら私は何度もそんなことを考え、
「もしかすると、このバンドこそは“The Old, But New Weird”ではないか」なんてことを思っていた。
この4人組にはハリー・スミスやアラン・ローマックスらが蒐集した古き良き時代のアメリカ音楽への憧憬が確かにある。だが、彼らの演奏は、中国の伝統楽器であるニ胡を用いていたり、
ユダヤの音楽であるクレツマーを思わせるクラリネットが鳴っていたり、
ニュー・エラなジャズともシンクロしそうなウッドベースがアンサンブルを支えていたりと、
エリアも時代もジャンルも柔軟で自在だ。
 
そういう意味では“The Old, But New And Another America”……いや、そこはもはやアメリカではない、They are nowhere to be seen…彼らはどこでもないところにいるのかもしれない。
 
しかし時間軸と地域差を超えていくつもの要素が混在しているとはいえ、
その演奏は全くポリリズミックではなく、むしろ非常に心地良い調和の上に成り立っている。
曲ごとに決まったフレーズやリフを、ギター、ニ胡、時にはベースやクラリネットまでもが同じように辿る、
言わばユニゾンによって形成されているのが特徴だ。
 
主旋律を担うのは、主に弦をやさしく撫でるようにつま弾く牧野琢磨のギターと、
着座して膝の上に小さなボディを置きながら空中で弓を回すようにボウイングする吉田悠樹のニ胡。
互いに追いかけたり、協調させたりしながら同じリフをバトンを渡し合うように鳴らす。
そのバトンは時には柔らかなタッチで太い弦に触れる服部将典のベースへと渡り、
牧野がMCで「ワン・アンド・オンリー」と紹介した中尾勘二にも届けられていく。
中尾は言うまでもなくコンポステラやストラーダなどで活躍してきた、
ジャンルの壁を涼しい顔をして超える多才な音楽家。このNRQでもドラムの他、クラリネット、サックスを担当しているが、
牧野や吉田らから渡されたリフのバトンをクラリネットやサックス、
場合によってはドラミングでしっかり受け取って同じように共鳴させてはまた戻す。
その4人によるユニゾンのパス・ザ・バトンの美はなんとも鮮やかだ。
なのに、黙って見ているだけで自然と手に汗がじんわりと湧き出てくるスリル。鮮やかで美しいのに、エッジーで前衛的でもある、というこの心地良いパラドクスたるや!
 
彼らの音楽には歌(言葉)が存在しないのに、
そこではしっかりとユニゾンで組み込まれたメロディが軽やかに“歌う”。
ユニークなジャズ・クァルテットのごとき斬新な編成なのに、
フォスターやバーリンが遺してきた誰でも知っている心の歌のように耳にメロディが刻まれていく。
歴史を上書きすることの醍醐味と、歴史を享受していくことの使命感の両方を兼ね備えた
NRQというバンドのダイナミズムが、『オールド・ゴースト・タウン』『のーまんずらんど』『ワズ ヒア』
という3枚のアルバムを引っさげ『外』に初登場した、この日のワンマンに集約されていた。
 
今回のライヴの翌日、私のやっているラジオ番組に収録しに来てくれた牧野は
「前にもいて後ろにもいてまあそういう流れの中に我々もいる」と話してくれた。
キャリアのある年齢の離れた中尾をメンバーに迎えたのにもそういう意図があったという。
しかし、そんな彼らは敢えて“新興住宅地=New Residential Quarters”を名乗る。
歴史もない新興住宅街には決してない、Old Weirdな風景に思いを馳せながら。
だが、それは、何もない野原だった土地に種を蒔くように、イチから歴史を刻んでいく、
言わばNew Weirdを創出させる作業でもあるのだろう。きっと。

 
 

岡村詩野
 
音楽評論家。京都精華大学非常勤講師。音楽ライター講座講師。
α-STATION(FM京都)『Imaginary Line』(日曜日21時)のパーソナリティ担当。
Helga Press主宰。